人事もデータも初心者だった自分が悪戦苦闘する中で気づいた「データに魂を宿す3つのステップ」 #HRアドベントカレンダー2020
「データを活用して人事を科学したい」「AI×人事を推進する」「HR Techをしたい」などの言葉をよく耳にします。人事領域でもデータやテクノロジーを使うことは当たり前である…と。
もちろん仰る通りなのですが、今現場で頑張っている一人一人の人事担当者は一体どうやってデータの活用を進めていけばいいのでしょうか。日々の様々な業務がある中で、”データ活用”に向けて何ができるのでしょうか。
人事もデータも初心者だった自分が、実際にデータを活用しようと悪戦苦闘する中で気づいた「データに魂を宿す3つのステップ」を考えてみました。
なぜ必要なのか
私はいま、ソニーの人事のPeople Intelligence and Experience Labというチームで働いています。少し前まで、ヤフーのPeople Analytics Labにいました。仲の良い友人からは何やってるかよくわからないと言われます。ざっくりいうと、データやテクノロジーを活用した人事施策を推進しています。現状は、データの収集や集計が多いです。最終的に、社員体験がより良くなるような取り組みにつなげていくことを目指しています。とはいえ、この記事で書くことは、あくまで個人の意見です。
まず3ステップの説明の前になぜこの方法を推奨したいのかについてお話します。
初めに、「なぜデータを使うのか」から考える必要があります。これは、端的にいえば「組織として定義した成果を出すため」です。昨日の曽山さんの記事にも、「経営人事の8つの考え方」の1番目に「成果の定義から始める。最初に目標を決める」とありました。例えば、私がいつも参考にしているセプテーニグループの人的資産研究所では、「どのような個性(P)をもった人材が、 どのような環境(E)で、どのような成長(G)を遂げたのか」という育成方程式を定義し、その成長(Growth)を最大化する取り組みをしています。このように、何を目指しているのかを明確にすること。逆にそれがないと、「へえ~そうなんだ~」というトリビアを作って終わってしまいます。
次に、「事実は人の意見を変えられない」です。データとは、過去の行動の履歴であり、事実の蓄積であるといえます。これは、『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』に詳しく書かれていますが、事実のみでは人の意見や行動を変えるだけの力はありません。データを集めるだけではなく、そこに魂を吹き込んでいくことが必要です。つまり客観的な事実だけではなく、そこに意志を入れることで、人の行動を変える力となります。
最後に、今の「データ活用」は、「数学やコンピュータサイエンスを得意な人がやる特殊なこと」ではなく「特別な技術が不要で、誰にでもできて、しっかりと組織の役に立つこと」に変化してきたと思っています。それは、専門家ではなくても使えるツールと、それを元にした事例が増え、誰でも思いついたことを色々と試しやすくなってきているからです。
では、「成果の定義を決め」、「データに魂を吹き込み」、「特別な技術なしに誰にでもできて、しっかりと組織の役に立つ」には、どうしたらいいのでしょうか。この記事では以下3つのステップをご紹介します。
データに魂を宿す3つのステップ
1. 2軸のズレをみる
ここで私の大先輩であるピープルアナリストの大成 弘子さんの言葉をご紹介します。以前大成さんに分析の相談をしたとき「認知の歪みを見るといいですよ」と教えていただきました。
例えば上の図のように、他者評価が低く自己評価が高い人は、頑張りどころが「ズレている」からパフォーマンスが改善しないのでは…という仮説を立てることができます。2軸の作り方として、大まかには「主観」と「客観」、「行動のログ」と「サーベイの結果」、「期待値」と「実績」などがあります。このように1つの軸ではなく2つの軸で見ることで、人の認知のズレをみたり、より目指したい像を作ることができます。
この2軸を使った有名な例としては、良いマネージャーの分析としてGoogleが行ったProject Oxygenがありますね。
また、人事ではよく9boxというポテンシャル×パフォーマンスの2軸で9つに分けたフレームを使うことがあると思います。しかし実際は、9象限あると中央に偏りが出ることが多いので、個人的には4象限から始めるのが良いのではと思います。
さて、これで成果の定義をすることができました。しかし、このステップで終わってしまうと現状を可視化しただけです。魂を吹き込むにはどのようにしたらいいのでしょうか。
2. インタビューをする
ここで2つ目のステップとして、「インタビューをすること」です。
時間も手間もかかりますが、人事が使える最高の武器は、データが解析できる事以上に、実はインタビューできる事だと思うのです。例えば、プロダクト開発の現場でもインタビューをたくさん行います。その時の大変さは想像以上でした。まず予算を取って、自社サイトで募集をかけるか調査会社に依頼して、実際の日取りを決めて、謝礼を準備して、結果をまとめてもらって…など時間もお金もかかります。しかし人事であれば、聞きたい人はものすごく身近にいてくれます。つまり、データを見て気になったら、誰であれその対象者に直接聞くことができる、とっても恵まれている環境です。
実際に「1.2軸のズレをみる」でご紹介したGoogleのProject Oxygenでも、リーダーに必要な8属性を出すのに徹底したインタビューをしていました。(以下、『ワーク・ルールズ! ―君の生き方とリーダーシップを変える』より抜粋)
あらゆる研究に特別な頭脳をもつ研究者のチームが必要とは限らないことを証明しようと、私たちは最高のマネジャーと最低のマネジャーの行動の違いを発見するのにごく簡単な方法を取った。彼らに直接質問したのだ。
ちなみにインタビューの手法も、二重盲検法など効果的な手法がいくつも提案されているので、別の時に触れます。
このステップを経ることで、データに魂を吹き込みます。もしかすると、「データの活用」と「社員の生の声を丁寧に拾うこと」は対称的に見えるかもしれません。しかし実際は、切っても切り離せない関係にあります。ぜひこの最強の技とデータの掛け算の面白さを感じてもらえると嬉しいです。
とうとう、魂を吹き込むところまできました。しかし、インタビューで深堀りをしただけでは一過性の気づきで終わってしまいます。せっかくなら、持続的に生き続けてほしいと願うはずです。そのためには何ができるのでしょうか。
3.チェックリストで観察
最後に、チェックリストを作ります。この記事では割愛しますが、『アナタはなぜチェックリストを使わないのか?』という書籍に、その有用性が書かれています。複雑さが人間の能力を上回るようになってしまったゆえに必要とのことです。
また、この結果は定量的に観察すること。きちんと観察することで、組織の状態や誰をフォローすべきかなどもわかるようになります。
この指標を元に改善の施策を打ち、また観察を行います。なお、忘れがちですが、一度決めた指標をモニタリングするだけではなく、その指標で良いのかを疑い、常に改善をしていくことは大事です。その改善がチェックリスト自体のアップデートに繋がっていきます。延々とアップデートされないチェックリストがあったら、要チェックです。
地味に思えるかもしれませんが、このステップを通じて、自律的に改善される仕組みが生まれ、現場に浸透します。魂を吹き込んだあと、それを生かし続けるか、つまり魂を宿せるかどうかはこのステップで決まります。つまりこの最後のステップこそが、「特別な技術が不要で、誰にでもできて、しっかりと組織の役に立つ」、データの活用そのものです。
まとめ
最後にまとめます。人事データを活用したいと思った人が、技術やスキルに関係なくできることは何か。それは、「2つの軸のズレを見て対象を定め」、「社員に積極的にインタビュー」を行い、そこから生まれる気づきを「チェックリストにして定量的に観察」する。これが、私が思う「データ活用」の基本的な形だと思います。
もちろん、この方法にも擬似相関やバイアスなど注意が必要です。また、高度な統計処理を使う方が良い場合もあれば、非構造化データで施策の幅が広がったりと、それぞれ目指すことに応じて手法が変わるかもしれません。正解は1つではないと思います。ただ、「特別な誰か」がやることではなく、人事の担当者が「自分でできる方法を試す」方が、私は好きです。
さて、皆さんはこの3つのステップを読んで、どんな感想を抱いたでしょうか。「簡単すぎる」「自分でもできそう」「すでに取り組んでいる」「これはビックデータと関係があるのか」「テクノロジーを使っているとは思えない」なんて思った方もいるかもしれません。
私は、人事にとって、ここまで強力な武器は他にないと思っています。この地道なステップに沿って現場にいる一人一人の人事が本気で、成果を定め・事実を使い・自律的に改善すれば、会社は変わります。なぜなら会社は人であり、その一人一人の才能と情熱が解き放たれたら、組織全体の生産性や創造性が上がるからです。人事という役割を持つ私たちは、採用担当・育成担当・HRBPというような機能別に施策を実行するだけの存在ではありません。人が起きている時間の多くを使う「働く」という体験があり、その体験の価値を向上させることを通じて、社会に価値を生み出す存在です。たとえ簡単で地味そうに見える方法でも、この3つのステップは確実に「働く」体験の価値を高めることができます。ぜひ実践してみていただけると嬉しいです。
最後に、この記事はHRアドベントカレンダー2020「○△に大切な□✕」の2日目の記事です。日本の人事界のJ.Y.P.こと、敏腕プロデューサーA.O.T.様(LINEの青田努さん)が企画されています。人事の中でも多種多様な方が参加されているので、クリスマスまでの毎日がとても楽しみです。
おまけ
組織内のデータ活用事例やそれに関する勉強会が少ないなあ…という思いから、people analytics tokyoというイベントを主催しています。発足から1年半、500名弱の方と接点を持ったのですが、すごく温かいコミュニティです。もしご興味あれば、以下リンクよりグループに登録して、今後のイベント情報などをお待ちいただければ嬉しいです。
また、もし「データの活用進めたいけど難しくて、個別に相談したい!」という方がいたら、個人でも受け付けているので、Facebookやtwitterなどでご連絡下さい。
参考までに、過去2年HR関連のアドベントカレンダーに参加したので、その時の記事リンクを貼っております。長文すぎて読みづらいかもしれないです。
それではみなさん、よい年末を!